あるべきようわ。
こんばんは。
心理カウンセラーのよこたにです。
先日、坂本龍一さんの訃報を聞きました。2014年にガンを発症。手術で摘出後に別のがんも見つかり、ずっと闘病されていたことが報道されていました。月並みな言葉ですが、もっと生きていてほしい方でした。
初めてその音を聴いたときは中学生だった私。いつも新譜を買うような良いファンではありませんでしたが、それからずっと気になる方です。(学生の頃は東京までコンサートに行ったこともありました。まあまあのファンですね。最後に行ったのは大貫妙子さんとの「UTAU」というコンサートでした)新譜の発売前後などに、雑誌の見出しに名前を見つけるとちょっと立ち読みしたりして、そっと動向は追っていました。
彼の音楽のどこが好きなのかを改めて考えてみると(うまく説明できないのですが)インタビュー等で感じる「すなおさ」(無邪気さ?)と、「繊細さ」「複雑な内面」とが音楽に表れているところでしょうか。
中学生でこの方を知ったことがその後の私の「聴いて心地よい音楽」を選ぶときの方向性に大きな影響を与えました。彼の新作アルバムはもちろん、旧作やプロデュースした○○さんの作品、彼の好きなアーティストのアルバム等を追っかけていると他の音楽を聴く時間が足りないし、もちろんお金も足りません。(このため 当時から邦楽はもちろん、洋楽も不勉強…)それくらい、坂本龍一さんの音楽に夢中だったし、楽しんでいたので他の音は要らなかったのです。
おかげで世界中の多種多様の音楽を知ることができました。自分も音楽を奏でたいとはならなかったけれど、音楽を聴く楽しみを享受できて、それが今も続いているのは一般人の私にとって大きな幸せだと思います。
訃報に接してから、改めて、リアルタイムで視聴していたラジオやテレビの番組に始まり、知らなかったものを某所で見聞きしていると、この方のことを好きだった!という自分のルーツが立ちのぼってきました。懐かしい気持ちや、やはりくすっと笑えてきたり。オンエア時はわからなかったけれど、どういう心持ちでこの会話されてたんだろうか…など、少し胸が傷むものもありました。
これからもあなたの音を聴きますね。魂がどうか安らかでありますように、という言葉で今日は締めくくります。
ではまた。
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